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「まさか帰って来はるとは」 出征した兄の遺骨、68年ぶりに日本へ(産経新聞)

【眠れぬ墓標】(1)対面

 その日は朝から雨が降り、窓外の桜がぬれそぼっていた。「帰郷を喜ぶ兄や両親の涙のようだ」。井上信正(85)=京都市東山区=は深い思いをかみしめていた。

 今年3月29日。井上は京都府長岡京市の長男宅で、68年ぶりに戻ってきた兄、實(みのる)の遺骨と対面した。兄は昭和17年1月に入隊し、はるかニューギニアの地で9カ月後に21歳の若さで亡くなった。

 「まさか帰って来はるとは思わんかった」。古いアルバムを前に、井上はつぶやく。入隊前の写真には、三ぞろえの背広を着た父と兄、母と2人の姉、井上の家族6人が写っていた。丸眼鏡をかけた兄は、誇らしげな表情を浮かべている。

 弁論大会にも積極的に参加するような活発な性格。出征前は、大阪市天王寺区で父が手広く経営していた洋装店を手伝っていた。

 兄の戦死後、一家は空襲で焼け出され、京都へ疎開。そのまま京都に根を張り、戦後を生きてきた。父は昭和37年、母は49年にこの世を去った。井上は「覚悟していたとはいえ、兄が死に、店もなくし、仕事に没頭していた父の人生は、その後大きく変わった」と振り返る。

 兄の記憶すら遠くなりかけていた昨年4月、自宅に突然、厚生労働省から連絡が入った。

 「パプアニューギニアで實さんの名前が刻まれたたばこケースが見つかりました」。聞けば、豪州人の旅行ガイドが川沿いの山道に4人の遺骨が埋葬されているのを見つけ、1つにケースが一緒に埋めてあったという。当時の首都攻略戦で日本軍が通った道だった。

 17年3月に始まった東部ニューギニア戦は、終戦まで壮絶な飢餓に苦しめられ、12万人もの命が奪われた。戦渦が広がるにつれ多くの遺体が密林に放置されたが、兄の死は初期だったため、仲間が埋葬してくれたらしい。

 井上は厚労省の呼びかけでDNA鑑定に応じ、遺骨が兄であることがわかった。身元確認にDNA鑑定を用いる手法は平成15年度から始まったまだ新しい取り組みで、これまで身元が判明した760人分の大半は、保存状態が良好なシベリア抑留者の遺骨。戦地で収集された遺骨で判明したのは、兄が2例目だった。

 「無理やとあきらめていた…」。京都府綾部市の山本正(79)の兄、俊一の遺骨も昨年7月、DNA鑑定の末に戻ってきた。

 18歳違いの兄は、21歳で入隊し、そのまま満州(現・中国東北部)に渡ったきりになった。昭和23年ごろ、シベリアの収容所で死んだという知らせが来たが、戻ってきた骨つぼには、名前が書かれた板きれが入っていただけだった。

 「兄弟いうても親子ほど年も違うでな」。山本には、16年に一時帰国した際、軍刀を手入れする姿がかすかに記憶にあるくらいだ。義姉と2人の子供は終戦直後、満州からの引き揚げ途中に死亡したが、ほかの引き揚げ者によって奇跡的に遺髪と爪が戻った。

 兄の遺骨は、政府の収集団がシベリアから持ち帰った抑留者の遺骨の中から見つかった。戻ってきた日は近所の人も出迎えてくれ、山本はその日のうちに法要を済ませ、墓に納めた。

 「兄貴も義姉(ねえ)さんも、お互いの消息すら分からないまま死んでしまった。60年以上も待ったんやけんね、一刻も早く一緒に入れてやりたかった。遺髪と爪とはいえ義姉さんらも帰ってきたし、兄貴たちは幸せやった」

 あの戦争から65年。その間、残された肉親も、日本自体も、さまざまな変化を経験した。

 井上は語る。「突然兄の遺骨が戻ってきたことに、うれしさの半面、信じられないという思いも強い。あまりにも歳月が長すぎた」(敬称略)

 国のために戦地に赴き、いまだ帰れぬ遺骨がある。時代に翻弄(ほんろう)された命のために、国は、われわれは何をすべきか。今一度見つめ直す。

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